喫煙禁煙実体験者のメールから(2)
2004年9月15日
宇佐美 保
先に、拙文『偉人達の喫煙と破れ窓理論』をお読み下された方の、喫煙並び禁煙体験をつづられたメールを『喫煙禁煙実体験者のメールから』として、私のホームページに転載させて頂きました。
そして、今回は、この両文をお読み下さった方の禁煙体験談のメールを戴きました。
そして、その文末には“他人に迷惑という概念がそのときに無かったので、この問題でいう資格はありません”と記されていましたが、その時代の禁煙体験も貴重と存じましたで、このページへの転載をお願いして、ご承諾を頂きましたので、以下に転載させて頂きます。
『喫煙禁煙実体験者のメールから』は、素晴らしい大論文ですね。
私は大学1年生のとき通常の人間と同じかっこよいという単純な理由でタバコを吸い始めました。
サラリーマン時代では立派な「ヘビースモーカーに近く」なっていたように思います。
1日40本で足らないときがありました。止めるなどという気持ちなどは全く無かったわけですが、子供が4人生まれて給料が安く、経済的に苦しい状態でした。
「家内に給料を渡したある時、それまでの日々が“今日は1円しかなく冷蔵庫の残り物だけで我慢して”という状態だったことを知り、
1日に2箱のタバコで家族1食分がまかなえる |
という気持ちで禁煙を決めました、確か37歳ころです。」
1日目はタバコを会社に持っていかなかったのですが、結局同僚からもらって吸いました。
その後は何とか会社では吸わない状態までこぎつけましたが、家にタバコを置いていたので、家での寛ぎでついつい吸ってしまいましたので、これも置かないという決心を付け、成功したかのように見えましたが、コンパのときに酒を飲むと自制心がなくなり、再び吸い始めました。一進一退の状態を繰り返していました。『喫煙禁煙実体験者のメールから』で始めて理解しましたが、
ニコチン大魔王が私を惑わしているとは知らずに、自分の意志が弱いのであると決め付けていました。 |
経済的に苦しいからコンパも出来るだけ参加しないようにして、再び挑戦ということで、1年間成功しました。
夢に数回やっぱり吸ってしまったかという場面を見て、その苦しさを記憶しています。
そのころニコチン依存症の恐ろしさを宣伝されていない世の中でしたので、すばらしい成功であり、その成功を維持するべきであったのですが、次の誘惑で負けました。
コンパで「洋もく」の美味しいものを進められ、1年間も止めたので1本ぐらいでは癖にならないと思い吸ってしまいました。
とたんにニコチン大魔王が生き返り、元の木阿弥です。
「そのときの行動の根拠は、(大学時代の1本目は全くまずく)何回も経験した後でないと依存症にならなかったものですから、1年間も空けたから、体が白紙に戻っていると勘違いしたことが間違いでした。」
全く甘い判断と分かりました。
また1年間吸ったり止めたりしていました。
全く吸わない1年間の経験から、吸わない健康状態の良さと、相変わらず苦しい経済条件から再び禁煙を決心し、
いかなるときも妥協を許さないという強い意思を持って行い、現在まで成功です。 |
40歳ころのことですが、69歳の現在まで続いています。
タバコという毒物には手を触れないという心を今も保っています。
『喫煙禁煙実体験者のメールから』の大論文で理解させていただいたことですが、私の体にはニコチン大魔王が今でも潜んでいると信じるようになりました。
ありがとうございます。
今のようにキャンペーンがなされていないときの禁煙です。
経済的に苦しかったという、今だから人に言えますが、禁煙当時は同僚にも言えず、からだの調子が悪いから禁煙するといい続けていました。
禁煙とは自分自身に何かはっきりした動機がないと出来ない技と思っています。
強い動機こそが力と考えています。 |
他人に迷惑という概念がそのときに無かったので、この問題でいう資格はありません。
(補足:1 宇佐美)
今回メールを下さったお方は、いわゆる勝ち組企業で、存分に力を発揮し、日本を技術大国へと発展させる一翼を担った後、現在は、大学教授として科学技術の発展の為、そして若者達の指導育成にご尽力されておられるとのことです。
そして、私は思いました。
先の拙文『偉人達の喫煙と破れ窓理論』に御登場された偉人の方々は、今回メールを下さったお方のようには、禁煙せざるを得ない程に、経済的に苦しまれたことがないのでしょうか?
偉人達の経済的な潤いは、今回メールを下さった方々等の働きの恩恵無しには存在しないのではないでしょうか?
そこで、先の拙文の一部をここに抜粋致します。
マスコミに登場する偉人達、あなた方は、多額の出演料原稿料などを得ていますから、いくらでも、欲しい煙草を好きなだけ購入出来るのですから、どんどん吸って下さい。 しかし、その多額の出演料原稿料などは、あなた方の能力だけで、得られているのではないのです。 若し、日本語という言葉の障壁や、文化と云った障壁(いわば貿易障壁)に護られているから、あなた方のライバルの侵入が防がれているのです。 その結果、いわゆる勝ち組企業の恩恵を存分に享受されて、私達よりも豊かな生活を満喫しておられるのです。 |
そして、今回のお二方のメールを読ませて頂いた後に、改めて、「偉人の方々」の御高説に接しますと、先の拙文『郵政民営化とローソン』中で引用させて頂いた半藤一利氏の“「軍人は常に過去の戦争を戦う」のであって、過去の戦争だけを手本とし、兵器の進歩や世界情勢の変化を予測することはほとんどない”の記述(『昭和史(平凡社発行)』)を思い起こさざるを得ません。
即ち、「偉人の方々」は、「ニコチン大魔王」の存在も全く御存じなく、又、御自身が「ニコチン依存症」に感染しておられるとか、「喫煙習慣者」であるというご認識が欠如された状態で、世界の主力攻撃兵器が航空機に移行している時代に「大和、の超大型戦艦こそが世界を制す」、自説を御開陳されておられるようです。
そして今では、私には、偉人達の言はご高説と言うより、戯言と思われてきました。
この「ニコチン依存症」、「喫煙習慣者」に関しては、先の拙文『偉人達の喫煙と破れ窓理論』にも引用させて頂きましたが、再度、朝日新聞(2003年8月16日付け)の、杏林大学教授(神経内科)の作田学氏の記述を引用させて頂きます。
たばこは決して趣味、あるいは嗜好品と言えるものではない。依存症を形成して、やめたくてもやめられなくなるものであることを確認しておきたい。 その証拠に2〜3時間ごとにたばこを吸いたくなるのはなぜだろうか。酒を勤務時間中に飲む人はいないが、たばこは勤務時間とを問わず吸ってしまう。これこそが依存症たるゆえんだ。禁煙に成功した多くの人が太るが、この体重増加もニコチン依存症であった証拠である。 …… たばこを吸うと落ち着く、いらいらが静まる、ストレスがなくなるというのはまやかしである。ニコチンの禁断症状でいらいらするのが、たばこを吸うことで取れるだけなのだ。この意味において、愛煙家という言葉は誤りである。「ニコチン依存症」と呼ぶべきで、百歩譲っても「喫煙習慣者」というのが正しい表現であろう。…… |
(補足:2 宇佐美)
糖尿病(血糖値が220)の為、お医者から“このまま煙草を吸っていたら命は保証出来ない!”と宣告された私の年寄り仲間の一人は、禁煙に成功して私達に言いました“大病しなきゃ禁煙なんか出来ないよ!”と。
そして、運動、食事療法も合わせて行い、血糖値も133迄に回復してきたそうです。
(104以下で正常だそうです)
なにしろ、お医者に宣告される前まで、“糖尿で、頭がぼーっとして困る”という彼に対して、私達が何度も“禁煙しろ!”と言い続けていたのです。
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